変な事を成されました、アノ手帳が蜘蛛屋の手へ這入っては」余「イヤ夫ほど大変なら私が其の蜘蛛屋へ行って――爾々主人の名を穴川甚蔵と書いた事も覚えて居ますから其の穴川に逢うて取り返して参ります」秀子「飛んでもない事を仰有る、アノ家へ入らっしゃれば毒蜘蛛に喰い殺されます、蜘蛛の糸に巻かれ身動きも出来ぬ様になり、迚も活きては返られません」今の文明の世に、昔の怪談めきたる毒蜘蛛を養いて人を其の糸に巻き殺させるなどと云う事が有るだろうか、秀子は思い出しても恐ろしいと云う様に、言葉と共に身震いをした。
第三十五回 身の毛が逆立つよ
養蟲園とは真に蜘蛛を養う所であろうか、蜘蛛屋とは聞いた事もない商売柄だ、爾して人を大きな蜘蛛に与えて其の糸で巻かせて了うだろうか、余は秀子が恐ろしげに身震いする様を見て思わずゾッと全身を寒くした、猛き虎に出合ってさえ泰然自若として其の難を逃れた秀子が、話にさえ身を震わす程だから、余ほど恐ろしい所に違いない、とは云え昔の怪談では有るまいし今の世に人間を喰うほどの大きな蜘蛛が有る筈はない、猛獣や毒蛇ばかり跋扈《ばっこ》して居る大の野蛮国なら知らぬ事、文明の絶頂に達した此
前へ
次へ
全534ページ中163ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング