者が未だ甚く力を使っては可けぬと云うから先ず大事を取って戸外へは出ぬ、けれど階段の昇降などは平気で遣って居る。
 斯うなると余は又余だけの仕事が有る、お浦の紛失などは何でも好い、怪我する前に仕掛けて置いた取り調べを片附けて了い度い、取り調べとは果して狐猿に引っ掻れた傷が古釘の創と似寄った禍いをするか否やの一件だ、余が之を取り調べる為に書籍室へ行き、書籍を尋ねる間に壁から剣の出た事は読む人が猶覚えて居るだろう、お浦の紛失と云う大問題の出来た今と為って此の様な小問題は殆ど取るに足らぬけど、大問題を取り調べる手掛りがないのだから、小問題と雖《いえど》も捨て置くには優るだろう、此の様に思って第一に余は彼の虎井夫人の室に行ったが、夫人は真に憐れむ可き有様に痩せ衰え今日明日も知れぬ境涯だ、医者も詰め切って居る、秀子も詰め切って居る、狐猿も詰め切って――イヤ狐猿は秀子の注意で、箪笥の許へ縛り附けられて再び人を引っ掻く事の出来ぬ有様と為って居る、医者の言葉では、若し今日に成って熱が下らねば虎井夫人は到底此の世の者ではない所で有ったが、今朝から熱が下ったから此の後は最う恢復に向う一方だと云う事だ、是には
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