たが、衣嚢の中の品物は何であろう、怪しむまいと思っても何うも怪しい。
 郵便に差し出して家に帰ると又も廊下で彼の医者に逢った、余は一礼して「先生、何うも狐猿の毒は恐ろしい者ですネエ」医者は合点の行かぬ顔で「エ、狐猿とは」余「貴方に掛かって居ます虎井夫人の怪我の事です」医者「アア、あれですか、あれは何でも古釘で引っ掻いた者です、錆びた鉄物《かなもの》の傷は何うかすると甚く禍いを遺します」余は唯「爾ですか」と調子を合わせて分れたけれど深く心を動かした、果して錆びた釘か何ぞで引っ掻いたものならば、何故虎井夫人が狐猿に引っ掻れたなどと言って居るのだろう、若しや先きの夜、余の寝床へ血を落したのは此の夫人では有るまいか、画板の間から手を出したとすれば古釘に引っ掻れる事は随分ある、オヤ、オヤ、爾するとアノ衣嚢の中に在った品は、秀子の盗まれたと云う手帳では有るまいか、今更疑っても既に遅い、イヤイヤ必ずしも遅くはない、必要となれば養蟲園穴川と云う家を尋ねて行っても好いのだ。

第二十九回 壁の中から剣

 若し此の翌日、恐ろしい一事件が起らなんだら、余は必ず養蟲園へ行き、穴川甚蔵と云う者が何の様な男かを
前へ 次へ
全534ページ中133ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング