工夫は唯だあの犬ばかりだ、犬を利用する外無いから旨《うま》く行けば詰る所君の手際だ、犬に目を附け初めたのは君だから、夫にしても遣《やっ》て見るまで黙《だまっ》て居たまえ、今に直ぐ分る事だ余「今に直なら夫まで無言で問ずにも居ようが真に今直遣るのかえ目「左様《さよう》、裁判所から倉子に出頭を命じたのが午後三時だから倉子は二時半に家を出るだろう、家を出れば其留守はあの下女が一人だから吾々の試験す可きは其間だ余「と云て今既に二時を打たぜ目「爾だ、さア直に行う」と云い早や勘定を済せて立上れり、目科が当ッて砕けろとは如何なる工夫なるや知ざれど、余は又も無言の儘従い行く、行きて藻西の家より遠からざる所に達し、再び但《と》ある露路に潜みて店の様子を伺い居るに、幾分間か経ちし頃、倉子は店口より立出たり、先ほどの黒き衣服に猶お黒き覆面を施せしは死せし所天《おっと》の喪に服せる未亡夫人かと疑わる、目科は口の中にて「仲々食えぬ女だわえ、悲げな風をして判事に憫《あわれ》みを起させようと思ッて居る」と呟きたり、暫くするうち倉子は足早に裁判所の方《かた》へと歩み行き其姿も見えずなりしが是より猶も五分間ほど過せし後、
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