》を探り最《いと》太《ふと》やかなる嗅煙草《かぎたばこ》の箱を取出《とりいだ》し幾度か鼻に当て我を忘れて其香気を愛《めず》る如くに見せ掛《かく》る、去《さ》れど余は兼《かね》てより彼れに此癖あるを知れり、彼れ其実は全く嗅煙草を嫌えるも唯《た》だ空《から》の箱を携《たずさ》え居《お》り、喜びにも悲みにも其心の動く度《たび》我《わが》顔色を悟られまじとて煙草を嚊《か》ぐに紛《まぎ》らせるなり、兎角《とかく》するうちに馬車は早やクリチーの坂を登り其外なる大通《おおどおり》を横に切りてレクルース街《まち》に入り約束の番地より少し手前にて停りたり、停るも道理や三十九番館の前には凡《およ》そ二三百の人集り巡査の制止をも聞かずして推合《おしあ》える程なれば馬車は一歩だも進み得ぬなり、余は何事なるや知らざれど茲《こゝ》にて目科と共に馬車を降《くだ》り群集を推分《おしわけ》て館の戸口に進まんとするに巡査の一人強く余等《よら》を遮《さえぎ》りて引退《ひきしりぞ》かしめんとす、目科は威長高《いたけだか》に巡査に向い「貴官は拙者《せっしゃ》を知《しり》ませんか、拙者は目科です、是なる若者は拙者と一処《いっしょ
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