》に来たのです」目科の名を聞き巡査の剣幕は打って代り「いや貴方《あなた》でしたか、爾《そう》とは思いも寄りませず」と遽《あわたゞ》しく言訳するを聞捨て閾《しきい》を一足館内に歩み入れば驚きて茲《こゝ》に集《つど》える此家の店子《たなこ》の中に立ち、口に泡を吹かぬばかりに手真似しながら迫込《せきこみ》て話しせる一老女あり定めし此家の店番なる可《べ》し、目科は無遠慮に話の先を折り「何所《どこ》だ、何所です」と急ぎ問う「三階ですよ、三階の取附《とっつき》です、本統《ほんとう》に先《ま》ア此様な正直な家の中で、夫《それ》に日頃あの正直な老人を」と老女が答え来《きた》るを半分聞き直様《すぐさま》段梯子を四段ずつ一足に飛上《とびのぼ》る、余は肺の臓の破るゝと思うほど呼吸《いき》の世話《せわ》しきにも構わず其|学《まね》をして続いて上れば三階なる取附の右の室は入口の戸も開放せし儘《まゝ》なるゆえ、之を潜りて客室、食堂、居室等を過ぎ小広《こびろ》き寝室《ねま》へと入込《いりこ》みぬ、見れば茲《こゝ》には早や両人の紳士ありて共に小棚の横手に立てり、其一人の外被《うわぎ》に青白赤《せいはくせき》三色の線あ
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