る徽章《しるし》を佩《おび》たるは問《とう》でも著《しる》き警察官にして今一人は予審判事ならん、判事より少し離れたる所に、卓子《ていぶる》に向い何事をか書認《かきしたゝ》めつゝ有るは確《たしか》に判事の書記生なり、是等《これら》の人々何が為に此室にきたりたるぞ、余は怪むひまも無く床の真中に血に塗れたる死骸あるに気附たり、小柄なる白髪の老人にして仰向《あおむき》に打倒《うちたお》れ、傷所《きずしょ》よりいでたる血潮は既に凝《こゞ》りて黒くなれり。
 余は驚きの余り蹌踉[#「蹌踉」は底本では「蹌跟」]《よろめ》きて倒れんとし纔《わずか》に傍らなる柱につかまり我が身体を支え得たり、支え得しまゝ暫《しば》しが程は殆《ほとん》ど身動きさえも得せず、読者よ余は当時医学生たりしだけに死骸を見たるは幾度なるを知らず病院にも之を見《み》学校にも之を見たり、然《しか》れども面《まのあ》たり犯罪の跡を見たるは実に此時が初てなり。然り此老人の死骸こそは恐ろしき犯罪の結果なること言う迄も無し、唯《たゞ》余の隣人目科は余ほどに驚き恐れず足踏《あしぶみ》も確に警察官の許《もと》に進むに、警察官は其顔を見るよりも「ア
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