すが目「いや其様な筈は有りません縦《たと》い一時は気が転倒したにもせよ夫は少し経てば治《おさま》ります、藻西太郎は一夜眠た今朝に成《なっ》ても矢張り自分が犯したと言張ッて居ますから」此言葉にて察すれば目科は今朝《こんちょう》余の室を叩く前に既に再び牢屋に行き藻西太郎に逢来りしものと見ゆ、何しろ此言葉には充分の力ありて倉子の心を打砕きし者とも云う可く、他《か》れ面色を灰の如くにし「何《ど》うしたら好《よ》う御坐《ござ》いましょう所天《おっと》は本統に気が違ッて仕舞いました」と絶叫せり、あゝ藻西太郎の白状は果して気の狂いたる為なるか余は爾《そう》と思い得ず、思い得ぬのみにあらで余は益々倉子の口と其心と同《おなじ》からぬを疑い、他《か》れが悲みも他《か》れが涙も他《か》れが失望の絶叫も総《すべ》て最《いと》巧《たくみ》なる狂言には非ざるや、藻西太郎の異様なる振舞も幾何《いくら》か倉子の為めに由《よ》れるには非ざるや、倉子自ら真実の罪人を知れるには非ざるやと余は益々疑いて益々|惑《まど》えり。
目科は如何に思えるや知ざれど彼れ嚊煙草のお蔭にて何の色をも現さず、徐々《しず/\》と倉子を慰めし末
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