》めたるに、倉子が幾度も泣出さんとし殆《ほとん》ど其涙を制し兼る如き悲みの奥底に何処《どこ》と無く微《かすか》に喜びの気を包むに似たる心地せらるゝにぞ、若しもや目科夫人の言いし如く此女に罪あるに非ざるやと疑う念を起しはじめ、幾度か自ら抑えて又幾度か自ら疑い、終《つい》に目科の誡《いまし》めを打忘れて横合より口を出《いだ》せり余「ですが内儀《ないぎ》、老人の殺された夜、太郎どのが其職人の家へ行かれた留守に貴女《あなた》は何所《どこ》に居たのです」倉子は宛《あたか》も余が斯く問うを怪む如く其|眼《まなこ》を余が顔に上げ来り最《いと》柔《やわら》かに「私しは此家に留守をして居ました、夫《それ》には証人も有る事です余「え、証人が倉「はい有ります、御存《ごぞんじ》の通り一昨夜は毎《いつ》もより蒸暑くて夫《それ》にリセリウ街《がい》で所天《おっと》に分れ内《うち》まで徒歩《あるい》て帰りました為《た》め大層|咽《のど》が乾きまして、私しは氷を喫《たべ》ようと思いましたが一人では余り淋しい者ですから右隣の靴店《くつみせ》の内儀《ないぎ》と左隣の手袋店《てぶくろみせ》の内儀を招きました所《とこ》ろ、二
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