重なりし事なれば信ぜらるゝ筈は無く却ッて人を殺せし上裁判官をまで欺《あざむ》く者と認められて二重の恥を晒《さら》す理《り》なれば、我身に罪は無しとは云え、孰《いず》れとも免れぬ場合、潔《いさぎ》よく伏罪し苦しみを短かくするに如《し》くなしと無念を呑《のみ》て断念《あきら》めし者ならぬか、余が斯《か》く考え廻すうちに目科は又問を発して「だが藻西は何時頃に帰て来ました倉「十二時過る頃でした目「何故其様に遅かッたでしょう倉「はい私しも少し遅過ると思いましたから問いましたが或《ある》珈琲店《かひいてん》へ寄り麦酒《ばくしゅ》を飲《のん》で居たと云いました目「帰ッた時は何《ど》の様な様子でした倉「少し不機嫌では有ましたが、夫は尤《もっと》もの次第です目「着物は何の様なのを被《き》て居ました倉「昨日捕えられた時と同一《ひとつ》の着物でした目「夫にしても彼の様子か顔附に何か変ッた所は有りませんでしたか倉「少しも有りませんでした」


          第九回(詰らぬ事)

 余は初めより目科の背後《うしろ》に立てる故、気を落着けて充分に倉子の顔色を眺むるを得《え》、少しの様子をも見落さじと勉《つと
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