気短かく「直《すぐ》に中へ這ろうじゃ無いか」と云う目「いや兎《と》に角細君が店へ出て来る様子を見|度《た》い、夫《それ》まで先ず辛抱したまえ」とて是より凡《およ》そ二十分間ほど立たれど細君は出来《いできた》る様子なし目「是だけ待て出て来ねば此上待つにも及ぶまい、来たまえ、さア行《ゆこ》う」と云い直ちに店の前に進めば十六七なる下女一人、帳場の背後《うしろ》より立来り「何を御覧に入ましょう目「いや買物では無い、外の用事だ、内儀《ないぎ》は内か下女「はいお内です、是へお呼申しましょう」とて、早や奥に入んとするを目科は逸早《いちはや》く引留めて自ら其店に上《のぼ》り、無遠慮に奥の間に進み入る、余も何をか躊躇《ためら》う可《べ》き目科の後に一歩も遅れず引続きて歩み入れば奥の室《ま》と云えるは是れ客室《きゃくま》と居室と寝室《ねま》とを兼たる者にして彼方の隅には脂染《あかじみ》たる布を以て覆える寝台《ねだい》あり、室中何と無く薄暗し、中程には是も古びたる切《きれ》を掛し太き卓子《てえぶる》あり、之を囲める椅子の一個は脚折れて白木の板を打附けあるなど是だけにても内所向《ないしょむき》の豊ならぬは思い
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