遣《や》らる。
 去《さ》れど是等《これら》の道具立てに不似合なる逸物《いちもつ》は其汚れたる卓子《てえぶる》に※[#「馮/几」、第4水準2−3−20]《よ》り白き手に裁判所の呼出状を持ちしまゝ憂いに沈める一美人なり是ぞこれ噂に聞ける藻西太郎の妻倉子なり、倉子の容貌は真に聞きしより立優《たちまさ》りて麗《うるわ》しく、其目其鼻其姿、一点の申分無く、容貌室中に輝くかと疑われ、余は斯《かゝ》る美人が如何でか恐しき罪を計《もくろ》みて我が所天《おっと》に勧めんやと思いたり、殊に其身に纏《まと》えるは愁《うれ》いを表する黒衣にして能《よ》く今日の場合に適し又最も倉子の姿に適したり、倉子の美くしきは生れ附の容貌に在りとは云え衣類の為に一入《ひとしお》引立たる者にして色も其黒きに反映して益々白し余は全く感心し暫《しば》し見惚《みと》るゝのみなりしが、感心の薄らぐと共に却て又一種の疑いを生じたり、此女|愁《うれ》いに沈めるには相違なきも真実愁いに沈みし人が衣類に斯くも注意する暇あるや、倉子が撰びに選びて最も似合しきものを着けしは殊更に其憂いを深く見せ掛る心には非ざるか、目科も内心に幾分か余と同じ疑い
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