条は昨夜より此近辺の大問題と為《な》れる事なれば問ざるも先より語り出る程にして中に口重き者あらば実際に少しばかりの買物を為し※[#「研のつくり」、第3水準1−84−17]《そ》を餌に話の端緒《いとぐち》を釣出すなど掛引万々抜目なし、六七軒八九軒|凡《およ》そ十軒ほど素見《ひやか》し廻りたる末、藻西夫婦が事に付き此辺の人が知れるだけの事は残り無く聞集めたるが其大要を摘《つま》めば藻西太郎は此上も無き正直人《しょうじきじん》なり何事ありとも人を殺す如きことは決して無く必ず警察の見込違いにて捕縛せられし者ならん遠からず放免せらるゝは請合なり、彼《か》れ其妻に向いては殆ど柔《やわら》か過るほど柔かにして全く鼻の先にて使われ居し者なり、斯《かく》も妻孝行の男は此近辺に二人と見出し難し、等《とう》の事柄にして殆ど異口同音なり、唯《た》だ彼れの妻お倉に就きては人々の言葉に多少の違い有れど引括《ひきくゝ》れば先ず、お倉は美人なり、身体に似合ぬほど其衣類立派なり、去《さ》れど悪き癖とては少しも無し、身持は極めて真面目なり、亭主に向いては威権《いけん》甚《はなは》だ強過れど爾《さ》ればとて恭《うやま》わざ
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