無いか」と殆ど余の唇頭《くちびる》まで出《いで》たれど茲《こゝ》が目科の誡《いまし》めたる主意ならんと思い返して無言の儘《まゝ》に従い入るに、目科は此店の女主人《じょしゅじん》に向い有らゆる形の傘を出させ夫《それ》も了《いけ》ぬ是も気に叶わずとて半時間ほども素見《ひやか》したる末、終《つい》に明朝見本を届くる故其見本通り新《あらた》に作り貰う事にせんと云いて、此店を起出《たちいで》たり、余は茲《こゝ》に至り初て目科が毎《いつ》もより着飾《きかざり》たる訳を知れり、彼は斯《か》く藻西が家の近辺にて買物を素見《ひやか》しながら店の者に藻西の平生《へいぜい》の行いを聞集めんと思えるなり、身姿《みなり》の立派だけ厚く遇《もて》なさるゝ訳なれば扨《さて》も賢き男なるかな、既に蝙蝠傘屋の女主人なども目科が姿立派なると注文の最《いと》六《むず》かしきを見て是こそは大事の客と思い益々世辞沢山に持掛けながら知《しら》ず識《しら》ず目科の巧みなる言葉に載せられ藻西夫婦の平生の行いに付き己れの知れる事柄だけは惜気も無く話したり、斯《かく》て目科は幾軒と無く又別の店に入り同じ手段にて問掛るに、藻西太郎の捕縛一
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