《そうしょく》品を鬻《ひさ》げる事は兼《かね》てより知る所なれど、心に思いを包みて見渡すときは又|一入《ひとしお》立派にして孰《いず》れの窓に飾れる品も、実に善《ぜん》尽《つく》し美《び》尽《つく》し、買|度《た》き心の起らぬものとては一個《ひとつ》も無し、藻西太郎の妻倉子は此上も無き衣服《なり》蕩楽とか聞きたり斯《かゝ》る町に貧く暮しては嘸《さぞ》かし欲き者のみ多かる可く爾《さ》すれば夫等《それら》の慾に誘《いざな》われ、終《つい》に貧苦に堪え得ずして所天《おっと》に悪事を勧むるにも至りし歟《か》あゝ目科の細君が言し所は余の思いしより能く当《あたれ》り藻西の無罪を証拠立んとする余の目的は全く外《はず》れんとするなる歟、余は此町の麗《うる》わしさに殆ど不平の念を起し藻西が何故身の程をも顧《かえり》みず此町を撰びたるやとまで恨み初めぬ、目科も立留りて暫《しば》し彼方此方《かなたこなた》を眺め居たるが頓《やが》て目指せる家を見出せし如く突々《つか/\》と歩去《あゆみさ》るにぞ藻西の家に入る事かと思いの外、彼は縁も由縁《ゆかり》も無き蝙蝠《こうもり》傘屋に入らんとす「君|夫《それ》は門違いで
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