衣類も穢《むさ》くるしく怪《あや》しげなる男|一人《いちにん》、遽《あわたゞ》しく入来《いりきた》り何やらん目科の耳に細語《さゝや》くと見る間に目科は顔色を変て身構し「好《よ》し/\直《すぐ》に行く、早く帰ッて皆に爾《そう》云《い》え」と、命ずる間も急《いそが》わしげなり、男は此返事を得《う》るや又|一散《いっさん》に走去りしが、後に目科は余に向い「誠に残念ですが、勤めには代られぬ譬《たとえ》です、此勝負は明日に譲り今日は是で失敬します」とて早や立去らん様子なり、勝負の中止も快からねど夫《それ》よりも不審に得堪《えた》えず、彼れが秘密を見現すは今なり、と余は思切ッて同行せざるの遺憾を述《のぶ》るに「爾《そう》さ、なに構うものか、来るなら一緒にお出《いで》なさい、随分面白いかも知れませぬから」斯《か》く聞きて余は嬉しさに心《こゝろ》迫《せ》き、返す言葉の暇さえ惜しく、其儘《そのまゝ》帽子を戴《いたゞ》きて彼れに従い珈琲館を走出《はしりいで》たり。


          第二回(血の文字)

 目科に従いて走りながらも余は唯《た》だ彼れが本性を知る時の来りしを喜ぶのみ、此些細なる一事が余
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