たる折しも昨夜の約束を忘れずして目科は余の室に入来れり、彼れは余の如く細君の言葉には感服せざるか思《おもい》屈《くっ》する体《てい》更に無く、却《かえっ》て顔色も昨夜より晴渡れり、彼れ第一に口を開き「今日も君一緒に行くが其代り今から誡《いまし》めて置く事が有る僕が何《ど》の様な事を仕ようと決して口を出し給うな、若《も》し僕に口をきゝ度《た》いなら誰も外に人の居無い本統の差向いに成《なっ》た時を見て言給え」余は素《もと》より自ら我が智識我が経験の目科に及ばざるを知れば此誡めを不平には思わず唯《たゞ》再び此詮索に取掛るの嬉しさに一も二も無く承諾して早速に家を出《いで》しが、目科の今日の打扮《いでたち》は毎《いつ》もより遙か立派にして殊に時計其他の持物も殆ど贅沢の限りを尽し何《ど》う見ても衣服蕩楽《なりどうらく》、持物蕩楽なる金満家の主人にして若し小間物屋の店の者にでも見せたらば斯《かゝ》る紳士を得意にし度《た》しと必ず涎《よだれ》を流すならん、何故《なにゆえ》に斯《かく》も立派に出立《いでたち》しや、余は不審の思いを為し、歩みながらも「君今日は何《ど》の様な方針を取る積りか」と問しに目科は
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