し》が有たので隣室の方と共に其方《そのほう》へ廻ッて夫故《それゆえ》此通《このとお》り」と言開く、細君は顔色にて偽りならぬを悟りし乎《か》、調子を変て「おや爾《そう》」と呟けり、此短き「おや爾」には深き意味ある如く聞ゆ「おや/\、探偵を勤めて居ることを隣の方にまで知せたのですか」と云うに同じかる可《べ》し、目科は直ちに其意を汲《く》み「隣の方と一緒でも構わぬよ、探偵を勤めるが何も恥では有るまいし」と言い掛るを細君が「なに爾では有りませんよ」と鎮《しずめ》んとすれど耳に入れず「成る程世間には探偵を忌嫌《いみきら》う間違ッた人も有《あろ》うけれど一日でも此|巴里《ぱり》に探偵が無かッて見るが好い悪人が跋扈《ばっこ》して巴里中の人は落々《おち/\》眠る事も出来ぬからさ、私は探偵の職業を誰に聞せても恥と思わぬ」とて喋々《ちょう/\》言張んとす、細君は斯《かゝ》る瞋《いか》りに慣たりと見え一言も口をはさまず、目科も頓《やが》て我言葉の過たるを悟りし如くがらり打解て打笑い「いや其様な事は何うでも好い、夫より先《ま》ア、二人とも空腹に堪えぬから何なりと喫《たべ》るものを」と云う、不意の食事は此職業に
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