ぶや》きながら、起行《おきゆ》きて戸を開くに、突《つい》て入《い》る一人《いちにん》は是なん目科其人にして衣服の着様《きざま》は紊《みだ》れ、飾り袗《しゃつ》の胸板は引裂かれ、帽子は失い襟飾りは曲りたるなど一目に他人と組合い攫《つか》み合いたるを知る有様なるに其うえ顔は一面に血|塗《まみ》れなれば余は全く仰天し「や、や、貴方は何《ど》う成《なさ》ッた」と叫び問う、目科は其声高しと叱り鎮めて「いや此傷は、なに太《たい》した事でも有ますまいが何分にも痛むので幸い貴方が医学生だから手当を仕《し》て貰おうと思いまして」と答う、余は無言の儘《まゝ》に彼れを据《すわ》らせ其傷を検《あらた》むるに成《な》るほど血の出る割には太《たい》した怪我にもあらず、爾《さ》れど左の頬を耳より口まで引抓《ひっかゝ》れたる者にして処々《ところ/″\》に肉さえ露出《むきいで》たれば痛みは左《さ》こそと察せらる、頓《やが》て余が其傷を洗いて夫々《それ/″\》の手術を施し終れば目科は厚く礼を述べ「いや是くらいの怪我で逃れたのは未《まだ》しもです。併《しか》し此事は誰にも言わぬ様に願います」との注意を遺《のこ》して退《しり
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