室へ這入ッた者の無いのは確かです夫は私しが受合います」
 読者よ是だけの証言を聞き余は驚かざる可《べ》き乎《か》、余は実に仰天したり、余は此時猶お年も若く経験とても積ざれば、最早や藻西太郎の犯罪は警察官の云し如く真に明々白々にて此上問うだけ無益なりと思いたり去れど目科は流石《さすが》経験に富るだけ、且《か》つは彼れ如何に口重き証人にも其腹の中《うち》に在るだけを充分|吐尽《はきつく》させる秘術を知れば猶《な》お失望の様子も無く宛《あたか》も独言《ひとりごと》を云う如き調子にて「成《な》る程昨夜藻西太郎が老人に逢《あい》に来た事は最《も》う確だな女「確かですとも、是ほど確かな事は有ません目「するとお前は藻西を見たのだね、其顔を確《しっか》り認《みとめ》たのだね女「いえ少しお待なさい、見たと云て顔を見た訳では有ません廊下へ行く所を見たのです、夫も彼れ急いで歩きましたから、何でも私に目認《みと》められまいと思う様に本統《ほんとう》に憎いじゃ有ませんか廊下の燈明《あかり》が充分で無いのを幸いちょい/\と早足に通過《とおりすぎ》ました」余は此一|節《ふし》を聞きて思わず椅子より飛離れたり、是れ実
前へ 次へ
全109ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
黒岩 涙香 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング