開き「老人が左の手でかね、其様な事が有うか夫《それ》に老人が唯《たゞ》一突《ひとつき》で文字などを書く間も無く死《しん》だ事は僕が受合う」あゝ余と目科との間柄は早や君《きみ》僕《ぼく》と云う程の隔て無き交《まじわ》りと為《な》れり目「全く相違ないのかね余「傷から云えば全く爾《そう》だよ、今に検査の医者も来るだろうから問うて見たまえ、尤《もっと》も僕は猶《な》お卒業もせぬ書生の事だから当《あて》には成らぬかも知れぬが医官に聞けば必ず分る」目科は又も空箱を取出しながら「此事件には猶《ま》だ吾々の知らぬ秘密の点が有るに極《きま》ッて居る、其点を検めるが肝腎だ夫《それ》を検めるには是から更に詮策を初めねばならぬが、爾《そう》だ更に初めても構いはせぬなア面白い初めようじゃ無いか好《よ》し/\其積《そのつもり》で先《ま》ず第一に此家の店番を呼び問正《といたゞ》して見よう」斯《こう》云《い》いて目科は梯子段《はしごだん》の際《きわ》に行き、手欄《てすり》より下階《した》を窺《のぞ》きて声を張上げ店番を呼立たり。


          第五回(種々《しゅ/″\》の証拠)

 店番の来るまでにて目科は
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