たと云えば夫から上確な事は無い、成るほど血の文字が少し合点が行かぬけれど是も当人に篤《とく》と問えば必ず其訳が分るだろう、唯吾々が充分の事情を知らぬから未《ま》だ合点が行かぬと云う丈の事」判事は目科の横鎗にて再び幾分の危《あやぶ》む念を浮べし如く「今夜|早速《さっそく》牢屋へ行き篤《とく》と藻西太郎に問糺《といたゞ》して見よう」と云う。
 是《これ》にて判事は猶《な》お警察長に向い先刻死骸検査の為《た》め迎《むかえ》に遣《や》りたる医官等も最早《もは》や来《きた》るに間も有るまじければ夫《それ》まで茲《こゝ》に留《とゞま》られよと頼み置き其身は書記及び報告に来し件《くだん》の巡査と共に此家より引上げたり、後に警察長は予審判事の頼みに従いて踏留《ふみとゞま》りは留りしかど最早夕飯の時刻なれば、成る可く引上げを早くせんと思いし如くそろ/\室中《しつちゅう》の抽斗《ひきだし》及び押入等に封印を施し初めぬ。
 余と目科両人は同じ疑いに心迷い顔見合せて立つのみなりしが、目科は徐々《そろ/\》と其疑いの鎮まりし如く「爾《そう》さなア、矢張り血の文字は老人が書たのかも知れぬ」余は忽《たちま》ち目を見
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