官も此証拠は争われず「あゝ大変な事を見落して居《おっ》たなア」と呟《つぶや》けり、目科は例の空《から》煙草を急ぎて其鼻に宛《あて》ながら「好《よ》く有《あ》る奴さ一番大切な証拠を一番後まで見落すとは、併《しか》し老人が自分で書《かい》たので無いとすれば事の具合が全く一変する、さア此文字は誰が書た、勿論老人を殺した奴が書たのだろう」判事と警官も一声に「爾《そう》とも爾とも目「愈々《いよ/\》爾とすれば曲者《くせもの》が老人を殺した後で自分の名を書附けると云う馬鹿はせぬなら、此曲者は無論藻西で無いと思わねばならぬ、是丈《これだけ》は誰も異存の無い所だから、此|断案《だんあん》は両君何と下さるゝか」警官は茲《こゝ》に至りて言葉無し、判事は深く考えながら「爾さ、曲者が自分の名を書ぬ事は明かだ、書《かく》のは則《すなわ》ち自分へ疑いの掛らぬ為だから、爾だ他人《たじん》に疑いを掛けて自分が夫《それ》を逃れる為めだから、此名前で無い者が曲者だ、吾々《われ/\》は曲者の計略に載られて居たのだ、藻西太郎に罪は無い、爾とすれば本統《ほんとう》の罪人は誰だろう警「爾さ誰だろう目「夫を見出すは判「目科君、君の
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