》、否、否、左りの手にて書《かこ》う筈なし余は最早《もは》や我が心を抑《おさゆ》る能《あた》わず、我が言葉をも吐く能《あた》わず、身体に満々《みち/\》たる驚きに、余は其外の事を思う能わず、宛《あたか》も物に襲われし人の如く一|声《せい》高く叫びし儘《まゝ》、跳上《はねあが》りて突立《つったち》たり。
余の驚き叫びし声には室中の人皆驚きしと見え、余が自ら我が声を怪みて身辺を見廻りし頃には判事も警察官も目科も書記も皆余の周囲《まわり》に立ち「何だ「何事だ「何《ど》うした「何《ど》うしました」と遽《あわた》だしく詰問《つめと》う声、矢の如く余が耳を突く、余は猶《な》お一語をも発し得ず唯《た》だ「あ、あ、あれ、あれ」と吃《ども》りつゝ件《くだん》の死体《しがい》に指さすのみ、目科は幾分か余の意を暁《さと》りしにや直様《すぐさま》死体《しがい》に重《かさな》り掛り其両手を検め見て、猶予《ゆうよ》もせずに立上り「成《なる》ほど、血の文字は此老人が書いたので無い」と言い怪む判事警察官が猶お一言《ひとこと》も発せぬうち又|蹐《せくゞ》みて死体《しがい》の手を取り其左のみ汚れしを挙《あ》げ示すに、警
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