かづ》き度《た》き望みを起し自ら制せんとして制し得ず、我心よりも猶《なお》強き一種の望みに推《お》され推されて余は警官及び判事を初め書記や目科の此|室《へや》に在るをも忘れし程なり、彼等も別に余が事には心を留めざりしならん、判事は書記に差図を与え目科は警官と密々《ひそ/\》語らう最中なりしかば、余は咎《とが》められもせず又咎めらる可しと思いもせず、最《いと》平気に、最《いと》安心して、宛《あたか》も言附られし役目を行うが如くに泰然自若として老人の死骸の許《もと》に行き、其《その》傍《そば》に跪《ひざま》ずきてそろ/\と死骸を検査し初めぬ。
 此老人歳は七十歳より七十五歳までなる可し、背低くして肉|瘠《や》せたれど健康は充分にして随分百歳までも生延得る容体とし頭髪《かみのけ》も猶《な》お白茶けたる黄色の艶を帯びて美しく、頬には一週間も剃刀《かみそり》を当ぬかと思うばかりに贅毛《むだけ》の延たれど個《こ》は死人に能《よ》く有る例しにて死したる後《のち》急に延たるものなる可く余は開剖室《かいぼうしつ》などにて同じ類《たぐい》を実見せしこと度々《たび/\》なれば別に怪《あやし》とも思わず唯《た
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