《すべ》て是等《これら》の細《こまか》き事柄は殆《ほとん》ど一目にて余の眼《まなこ》に映じ尽《つく》せり、今思うに此時の余の眼は宛《あたか》も写真の目鏡《めがね》の如くなりし歟《か》、眼より直ちに種板《たねいた》とも云う可《べ》き余の心に写りたる所は最《い》と分明《ふんみょう》なるのみかは爾後《じご》幾年を経たる今日《こんにち》まで少しも消えず、余は今も猶《な》お其時の如く覚《おぼ》え居《お》れば少しの相違も無く其《その》室《へや》を描き得ん、予審判事の書記が寄れる卓子《ていぶる》の足の下に転がりて酒瓶《さけびん》の栓の在《あ》りし事をも記臆し、其《その》栓《せん》はコロップにて其一端に青き封蝋《ふうろう》の存《そん》したる事すらも忘れず、此後《こののち》千年|生延《いきのび》るとも是等の事を忘る可くも非《あら》ず、余は真に此時まで斯《か》く仔細に看《み》て仔細に心に留る事の出来ようとは自《みずか》ら思いも寄らざりき、不意の事柄にて不意に此時現れたる能力なれば我が心の如何《いかん》を詳《くわし》く思見《おもいみ》る暇《ひま》も無かりき。
我れと我が心に分らぬほど余は老人の死骸に近《ち
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