恐ろしき血の文字あり MONIS《モニシ》 の綴りは死際《しにぎわ》の苦痛に震いし如く揺れ/\になりたれど読擬《よみまご》う可《べ》くもあらず、目科も之を見しかども彼れ驚きしか驚かざるか嚊煙草を振るのみにて顔色には現わさず唯《た》だ単に「夫《それ》で」と云う、今度は又警察署長「夫《それ》で分ッて居るじゃ無いか藻西太郎《もにしたろう》と云う者の名前の初めを書掛《かきかけ》て事切れと成《なっ》たのだ、藻西太郎とは此老人の唯一人の甥だ、老人が余ほど寵愛《ちょうあい》して居たと云う事だ」と説明す、目科は唯口の中《うち》にて何事をか呟くのみ、更《さら》に予審判事は今言いし警察官の説明を補わんとする如くに「此文字が何よりの証拠だから何《ど》の様な悪人でも剛情《ごうじょう》は張り得まい、殊《こと》に此老人を殺して夫《それ》が為に得の行くのは唯此藻西太郎|一人《いちにん》だ、老人は巨多《あまた》の財産を持て居て、死《しに》さえすれば甥の藻西へ転がり込む様に成《なっ》て居る、のみならず老人の殺されたのは昨夜の事で、昨夜老人の許《もと》へ来たのは唯《た》だ藻西一人さ、帳番の証言だから是《これ》も確かだ、藻
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