西は宵の九時頃に来て十二時頃まで居た相《そう》だ、其後では誰も老人の室へ這入《はいっ》た者が無いと云うから是ほど確な証拠は有るまい」目科は無言にて聞き終り意味有りげなる言葉にて「なるほど明かだ、日を見るよりも明かに藻西太郎と云う奴は大馬鹿だ、此老人が殺されさえすれば第一に自分は疑われる身だから、其疑いを避る様に、切《せめ》て盗坊《どろぼう》の所為《しわざ》にでも見せ掛け何か品物を盗んで置くとか此室を取散《とりちら》して置くとか夫《それ》くらいの事は仕《し》そうな者《もの》だ、老人を殺しながら夫《それ》をせぬとは余り馬鹿過ると云う者《もの》だ警察官「爾《そう》さ別に此室を取散《とりちら》すとか云う様な疑いを避ける工夫は仕て無《なか》ッた、殺すと早々逃たのだろう、余り智慧の逞《たくま》しい男では無いと見える、此向《このむき》なら捕縛すれば直《じき》に白状するだろう」と云い、猶《な》おも目科を小窓の所に誘い行きて小声にて何か話しを初め、判事は又書記に向い是《これ》も何やらん差図を与え初めたり。


          第三回(又不審)

 是《これ》にて先《ま》ず目科の身の上に関する不審だけ
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