人とも早速《さっそく》に参りまして十一時過までも茲《こゝ》に居ました、夫は直々《じき/\》其|両女《ふたり》にお問成《といな》されば分ります、斯《こ》う云う事に成《なっ》て見ますと何気なく二人を招《まねい》たのが天の助けでゞも有たのかと思います」あゝ是れ果して何気なく招きたる者なるや、真に何気なかりしとすれば倉子の為に此上も無き好き証拠なれど心なき身が僅か氷ぐらいの為めに両隣の内儀を招くべしとも思われず、其実深き仔細ありて真逆《まさか》の時の証人にと心に計《たく》みて呼びし者に非ざるか、斯く疑いて余は目科の顔を見るに目科も同じ想いと見えちらりと余と顔を見交せたり、去《さ》れど今は目配《めくばせ》して倉子が心に疑を起さしむ可《べ》き時に非ず、目科は又真面目になり「いや内儀決して貴女を疑うのでは有ませんが唯《たゞ》吾々の心配するには若しや藻西太郎が犯罪の前に何か貴方に話した事は有る舞《ま》いかと思うのです、何か罪でも犯し相《そう》な事柄を倉「何《ど》うして其様な事が有りましょう、爾《そ》うお問なさるのは吾々夫婦を御存無いのです目「いやお待なさい、噂に聞けば此頃商売も思う様に行かず、随分困難して居たと云いますから若《もし》や夫等《それら》の話から自然|彼《か》の老人の事にでも移り――倉「はい如何《いか》にも商売の暇なのは真事《まこと》ですが、幾等《いくら》商売が暇だからとて目「いえ藻西太郎も自分一身の事では無し最愛の妻も有て見れば妻に不自由をさせるのが可哀相で、夫や是《これ》から何《ど》うかして一日も早く楽に成り度《た》い財産を手に入れ度いと云う事情は有《あっ》たに違い有ますまい倉「其様な事情が有たにせよ何で伯父などを殺しましょう、所天《おっと》に罪の無い事は何所《どこ》までも私しが受合ます」目科は徐《おもむ》ろに煙草を噛ぐ真似して「藻西太郎に罪が無いとすれば彼れが白状したのは何《ど》う云う訳でしょう、真実罪を犯さぬ者が爾《そ》う易々《やす/\》と白状する筈は有りますまい」今まで如何なる問に合ても澱《よど》み無く充分の返事を与えたる倉子なるに此問には少し困りし如く忽《たちま》ち顔に紅を添え殊《こと》に其|眼《まなこ》まで迷い出せり、之れ罪の有る証跡と見る可きや否《いな》、暫《しばら》くして亦《また》も涙の声と為り「余り恐ろしい疑いを受けた為め気が転倒したのかと私しは思いま
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