《にん》で仕て仕舞い私には手を掛させぬ程でした、何がなし暇さえあれば掃《はい》たり拭《ふい》たり磨《みがい》たり仕て居るが癖ですから目「給仕の方は女「給仕の方は毎日昼の十二時を合図に私しがお膳を持て来るのです、夫が老人の朝飯です、朝飯が済でから身仕度するが凡《およ》そ二時まで掛ります、大層着物を被《き》るのが八《や》かましい人で毎《いつ》でも婚礼の時かと思うほど身綺麗《みぎれい》にして居ました、身仕度が終ると家を出て宵《よい》の六時まで散歩し六時に外で中食《ちゅうじき》を済せ、夫から多くはゲルボアの珈琲館に入り昔友達と珈琲を呑《のん》だり歌牌《かるた》を仕たりして遅くも夜の十一時には帰て来て寝床《ねどこ》に就きました、ですが唯《たっ》た一つ悪い事にはあの年に成《なっ》て猶《ま》だ女の後を追掛る癖が止みませんから私しは時々年に恥ても少しは謹《つゝし》むが好《よか》ろうと云いました、ですが誰でも落度は有る者《もの》で夫《それ》に若い頃の商売が商売で女には彼是《かれこ》れ云れた方ですから言えば無理も有りますまいが」と云い少し笑いを催し来《きた》れど目科は極めて真面目にて「して梅五郎の許《もと》へは沢山《たくさん》尋ねて来る人が有たのか女「はい有ッても極極《ごく/\》僅《わず》かです其うちで屡々《しば/\》来るのが甥の藻西太郎さんで、土曜日の度には必ず老人に呼ばれてラシウル料理店へ中食に行きました目「甥と老人との間柄は女「此上も無く好い仲でした目「是までに言争いでも仕た事は女「決して有りません、尤もお倉《くら》さんの事に就ては両方の言う事が折合ませんですけれど目「お倉さんとは誰の事だ女「藻西太郎さんの細君《おかみさん》です、実に奇麗な女ですよ。あの様なのが先《ま》ア立派な女と云うのでしょう、夫《それ》に外に悪い癖は有りませんけれど其お倉さんも大変な衣服蕩楽《なりどうらく》で藻西太郎さんの身代に釣あわぬほど立派な身姿《みなり》をして居ますから綺倆《きりょう》が一層引立ちます、ですから全体云えば老人が大層誉め無ければ成らぬ筈ですのに何《ど》う云う者か老人は其お倉さんが大嫌いで藻西太郎さんに向ッては手前は女房を愛し過る今に見ろ女房の鼻の先で追使われる様になるからとか、お倉は手前の様な亭主に満足する女じゃ無い、今に見ろ何か間違いを仕出来《しでか》すからとか其様な事ばかり言て居ました
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