るのみなれば更に覆《くつが》えして下《しも》の端を眺れば茲《こゝ》には異様なる切創《きりきず》あり、何者が何の為にコロップの栓の裏に斯《かゝ》る切創を附けたるにや、其創は最《もっとも》鋭き刃物にて刺したる者にて老人の咽《のんど》を刺せし兇刃《きょうじん》も斯《かゝ》る業物《わざもの》なりしならん、老人の咽を突きしも此コロップを突し如くに突しにや、斯《か》く思いて余はゾッと身震いしつ、其儘《そのまゝ》持行きて目科に示すに彼れ右見左見《とみこうみ》打眺《うちなが》めたるすえ「コレハ大変な手掛だ」と云い嚊煙草の空箱を取出す間も無く喜びの色を浮べたれば、余は何故《なにゆえ》是が大変の手掛りなるやと怪みて打問うに彼れ今も猶《な》お押入其他の封印に忙わしき彼の警察長を尻目に見、彼れに何事も聞えぬ様小声にて説明《ときあか》す「何故だッて君、此コロップは曲者が捨て行たのでは無いか、先《ま》ず此傷を見給え此傷を、是は確に老人を刺した刃物で附けたのだ」余も同じく小声にて「何の為に目「何の為に、其様な事を聞く奴が有るものか、曲者は余程鋭い両刃《もろは》の短剣を持て来たのだ、両刃と云う事は此傷の形で分る、傷の中程が少し厚くて両の縁《ふち》が次第に細く薄く成《なっ》て居るじゃ無《な》いか余「成るほど爾《そう》だ目「爾《さ》すれば此《この》鋭利《するど》い短剣を曲者は何《ど》うして持て来たゞろう、人に見られぬ様に隠して居たのは明かだ、さア隠すなら何所《どこ》へ隠す、着物の衣嚢《かくし》とか其他先ず自分の身の中《うち》には違い無いが其|鋭利《するど》いものを身の中へ隠すのは極めて険呑《けんのん》だ、少し間違えば自分の身に怪我をするか或は又|剣先《きっさき》の刃を欠くと云う恐《おそれ》が有る、して見れば何かで其剣先を包んで置かねばならぬ、さア何で包んだ、即ち此コロップだろう、コロップは柔《やわら》かで少しも刃を傷める患《うれ》いが無いから夫《それ》で之をそッと其剣先へ刺込で衣嚢《かくし》へ入れて来たのだ余「説き得て妙目「老人を突く時に此コロップを外したが後では最《も》う誰にも認られぬうち早く立去ろうと思うからコロップなどは打忘れて帰たゞろう余「成るほど目「所《ところ》で比コロップには青い封蝋が附いて居るから何か一種の銘酒の瓶に用いて有ッたに違い無い、斯《か》く段々推して行けば次第に捜すのも易くなる
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