れたのか爾《さ》無《な》くば吾々を欺して居るのだ必ず其|二《ふたつ》に一《ひとつ》だ巡「其様《そのよう》な事は有ません夫《それ》は私しが誓います目「いや誓うには及ばぬ無言《だまっ》て居なさい、何でも藻西太郎の言た事をお前が聞違て白状だと思たのか、夫《それ》ともお前が手柄顔に何も彼も分ッた様に言い吾々を驚かせようと思ッたのだ」此厳しき言葉を聞くまで最《い》と謙遜に構えたる巡査なれど今は我慢が出来ずと思いし如く横柄に肩を聳動《うごか》し「へえ御免を蒙《こうむ》りましょう、憚《はゞか》りながら私しは其様な馬鹿でも無ければ嘘つきでも有《あり》ません自分の言う事くらいは心得て居《おり》ますから」と遣返《やりかえ》す、此儘に捨置なば二人の間に攫《つか》み合も初り兼《かね》ざる剣幕なれば警察長は捨置かれずと思いし如く割て入り「いや目科君待ち給え詳しく聞終ッた上で無ければ分らぬから」と云い更に巡査に打向いて「さ事の次第を細かに述べ今一応|説明《ときあか》して見ろ」と命じたり、巡査は此命を得て俄《にわか》に己の重きを増したる如く一寸《ちょい》と目科を尻目に掛け容体《ようだい》ぶりて説き始む「私しは貴官の命を受け検査官一名及び同僚巡査一名と共に、都合三名で、ビヽエン街五十七番館に住む飾物模造職藻西太郎と云う者をば、バチグノールの此家に住で居る伯父《おじ》を殺したと云う嫌疑で捕縛の為め出張致しました」警察長は、成る可《べ》く彼れの言葉を切縮《きりちゞめ》させんと思う如く、将《は》た感心する如くに「其通り、其通り」と軽く頷首《うなず》く、巡査は益々力を得て「吾々三人馬車に乗り頓《やが》て其ビヽエン街に達しますと藻西太郎は丁度夕飯を初める所で妻と共に店の次の間で席に就《つこ》うと仕《し》て居ました、妻と云うのは年頃二十五歳より三十歳までの女で実に驚く可き美人です、吾々三人引続て其家に入込ますと藻西太郎は斯《かく》と見て直様《すぐさま》何の用事だと問いました、問うと検査官は衣嚢《かくし》より逮捕状を取出し法律の名を以て其方を捕縛に参たと答えました」此長々しき報告を目科は聞くに得堪ずと思いし如く「お前は要点だけ話す事が出来ぬのか」と迫《せか》し立るに巡査は一向頓着せず、「私は今まで随分捕縛には出張しましたが、捕縛と聞て此藻西太郎ほど喫驚《びっくり》したのは見た事が有りません、彼れは漸《ようや》く
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