フ人は、幾度あなたを尊敬しましたか)と問い返したので、それ以来身分のある女は、何人をも尊敬しないようになり、また懺悔にもあまり行かなくなった。」
 野枝さん。
 君は、本当は、僕が大好きであったのだ。けれども、その大好きなことと、君の、と言うよりはむしろ女の、もっとも男にもそんなツラ付をする奴もあるが、数千年もしくは数万年の強制と必要とから本能のような感情になった貞操観とが、君の心の中で闘った。そしてその闘いの間、君の生れつきの大の意地っ張りは、本能的感情の方に味方して、出来心らしい感情の方を無理やりに圧えつけようとした。君は、僕のことを、大嫌いだとまで言うようになった。いろいろと難くせをつけては、盛んに僕を罵倒した。
 あの、ちょっとした文章なり顔色なりを見て、すぐさまその人の心の奥底を洞察することにおいて、まさに天下一品とも称すべき批評家、僕はよくあの男のことをこんなふうに評価して多くのあきめくら作家どもから笑われるのだが、しかし君だけは真面目に同意してくれた、あの中村孤月ですらも、(もっともこの洞察も、まかり間違うと、ことに自分の利害と衝突する事柄にでも向うと)しばしばはなはだし
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