虎公にも誓ったように、自分の写真の裏には未来の陸軍元帥なぞと書いていたが、試験のための勉強はちっともしなかった。そして見事に落第した。

   五

 その夏初めて一人で旅行に出た。
 最初は東京までのつもりで、十円もらって出かけたのだったが、それが名古屋までとなり、大阪までとなって、大旅行になってしまった。
 越後はまだ直江津までしか鉄道がなかったので、新潟から船でそこまで行った。汽船や汽車に乗ったのは勿論、そんなものを見たのも、それが覚えてから初めてのことだった。
 山田の伯父が四谷にいた。威海衛で戦死した大寺少将の邸を買って、そのあとを普請したばかりのところだった。伯父は大佐で近衛の何連隊かの連隊長をしていた。
「よく一人で来た。」
 伯父は僕の頭を撫でて、父でもめったにしてくれないほどの可愛がりかたをしてくれた。伯母も「栄、栄」と言って自分のそばを離さなかった。
 従兄が二人いた。弟の哲つぁんは病気で学習院の高等科を中途でよして、信州の方へ養蚕の実習に行っていた。女中どもはこの哲つぁんのことを若様と呼んでいた。兄の良さんは中尉になったばかりで、綺麗な花嫁のお繁さんと一緒に奥の方
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