る軍人精神のおかたまりを指すのであった。十分尊敬の意味は含まれているんだが、しかしまた、戦術がへただとか融通がきかないとかいうそしりの意味もないことはなかった。

 僕が陸軍の幼年学校から退学させられて家に帰った時にも、
「お父さんはあんなにおとなしい方だのに……」
 と、よくいろんな人に不思議がられた。そしてそのたびに、僕の家のことをもっとよく知っているらしい誰かが、
「それやあなたはお母さんをよく知らないからですよ。」
 と僕のために弁解してくれた。

 実際僕は父に似ているのか、母に似ているのか、よく知らない。もっとも顔は母によく似ていたらしい。
「そんなによく似ているんですかね。でも私、こんないやな鼻じゃないわ」
 母はよく僕の鼻をつねっては、人にこう言っていた。
 母は綺麗だった。鼻も、僕のように曲った低いのではなく、まっすぐに筋の通った、高い、いい鼻だった。

 父が近衛の少尉になった時、大隊長の山田というのが、自分の細君の妹のために婿選びをした。そして二人候補者ができたのだが、ついに父の手にそれが落ちたのだそうだ。
 その当時母は山田の家にいた。なかなかのお転婆娘で、よく
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