すもの。そして早く逃げればいいのに、その箒をふりあげてもぼんやりして突っ立っているんでしょう。なお癪にさわって打たない訳には行かないじゃありませんか。」
母は僕の頭をなでながら、やはり軍人の細君の、仲好しの谷さんに言った。
「でも、箒はあんまりひどいわ。」
谷のお母さんもやはり家の母と同じように大勢の子持だった。そしてやはりよくその子供を打った。しかし母にこの抗議をする資格は十分にあったのだ。
「それや、ひどいとは思いますがね。もうこう大きくなっちゃ、手で打つんではこっちの手が痛いばかしですからね。」
谷のお母さんは、優しい目で「でも、ひどいわね」という意味を僕に見せながら、それでもやはりこれには同感しているようだった。そして話はお互いの子供の腕白さに移って行った。
が、僕は母の言うこの「馬鹿なんですよ。」に少々得意でいた。そして腹の中でひそかにこう思っていた。
「箒だってそんなに痛かないや。それに打たれるからって逃げる奴があるかい。」
父はちっとも叱らなかった。
「あなたがそんなだから、子供がちっとも言うことを聞かないんですよ。」
母はよく父を歯がゆがって責めた。そして
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