うだった。
母の声は大きかった。そしてその大きな声で始終何か言っていた。母を訪ねて来る客は、大がい門前まで来るまでに、母がいるかいないか分るというほどだった。その大きな声を一そう大きくして怒鳴りつけるのだ。そしてその叱りかたも実に無茶だった。
「また吃る。」
生来の吃りの僕をつかまえて、吃るたびにこう言って叱りつけるのだ。せっかちの母は、僕がぱちぱち瞬きしながら口をもぐもぐさせているのを、黙って見ていることができなかったのだ。そして「たたたた……」とでも吃り出そうものなら、もうどうしても辛抱ができなかったのだ。そしてこの「また吃った」ばかりで、横っ面をぴしゃんとやられたことが幾度あったか知れない。
「栄。」
と大きな声で呼ばれると、僕はきっとまた何かの悪戯が知れたんだろうと思って、おずおずしながら出て行った。
「箒を持っておいで。」
母は重ねてまた怒鳴った。僕は仕方なしに台所から長い竹の柄のついた箒を持って行った。
「ほんとにこの子は馬鹿なんですよ。箒を持って来いと言うと、いつも打たれる[#「打たれる」は底本では「打れたる」と誤記]ことが分っていながら、ちゃんと持って来るんで
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