らユニオンの四にぶつかるのは実に無茶なことだった。しかし僕は先生のところでその講義を聞いて来ては、さらにうちへ帰って字引と独案内とを首っ引きにして、それこそ本当に一生懸命になって勉強した。そして一、二月するうちにはそのユニオンの四も大した苦にはならなくなった。

 すると七月か八月の幾日かに、突然僕は「母危篤すぐ帰れ」という父の電報を受取った。
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自叙伝(六)

   一

 父の家は尾上町のすぐ近所の西ヶ輪[#底本では「西ケ輪」]という町の、練兵場の入口の家に引越していた。もと谷岡という少佐が住んでいて、僕はその息子と中学校で同級だったので、前からよく知っている家だった。谷岡は幼年学校や士官学校の試験にいつも失敗して、とうとう軍人になりそこねて、後慶応にはいって、今はどこかの新聞の経済記者になっていると聞いた。そしてその家の裏には、先年社会主義思想を抱いているというので退職された、松下芳男中尉が住んでいた。勿論まだ当時はほんの子供で僕の弟の友達だった。

 玄関にはいると、僕は知っている人達や知らない人達の大勢がみんな泣きながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしてうろ
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