になかった。そして、女中どもは勿論妹どもや弟どもにまで堅く言いつけて、決して離れへはよこさなかった。
「兄さんは少し気が変なんだからね。決して離れへは行くんじゃないよ。」
 これはあとで聞いた話なんだが、母はみんなにそう言っていた。そして小さな妹どもや弟どもは、その恐いもの見たさに、よくそっと離れに通う縁側まで来ては、何かにあわててばたばたと逃げだして行った。
 ていのいい座敷牢にあったのだ。
 が、飯だけは母家の方へ行ってみんなと一緒に食った。みんなは黙ってじろじろ僕の顔を見ているし、僕も黙って食うだけ食って自分の室へ帰った。
 僕の頭の中にはもう、学校の士官のことも下士官のことも、学友の敵味方のことも何にもなかった。したがってまた、それに附随して起って来る兇暴な気持もちっとも残っていなかった。幼年学校の過去二年半ばかりの生活は、またその最近の気ちがいじみた半年ばかりの生活は、ただぼんやりと夢のように僕のうしろに立っているだけであった。そしてその夢がまだ幾分か僕を陰鬱にしていた。が、僕の前には、新しい自由な、広い世界がひらけて来たものだ。そして僕の頭は今後の方針ということについて充ち
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