軍曹は曹長を連れて来た。そしていきなり僕を引っぱって行った。
 その晩はそれっきりで何のこともなく過ぎた。翌日は多武峯を裏から登って、向うの麓の桜井に降りた。僕等は同期生の右翼だけでそこの小さな宿屋に泊った。おはちを三度ばかり代えさせたりして大いに騒いだ。が、まだ何のこともなかった。僕等は処分なしかなとか、学校へ帰ってからだろうとか話していた。
 その翌日は長谷の観音から三輪神社に出た。そしてこの三輪神社の裏の森の中で、とうとう来なければならないことが来た。校長の山本少佐が、全生徒に半円を画かせて、厳かに僕に対する懲罰の宣告を下した。罰は、重営倉十日のところ、特に禁足三十日に処すというのだ。

   六

 僕はこの懲罰がどうしてあんなに僕を打撃したのかよく分らない。僕は生れて初めて、そして恐らくは絶後であろうと思うが、本当に後悔した。三十日間の禁足をほとんど黙想に暮した。そして従来の生活を一変することに決心した。

 まず煙草をよした。そして今までは暴れ廻ることに費していた休憩時間を、多くは前庭の植物園に暮した。
 学校の前庭は、半分が器械体操場で他の半分が立派な植物園だった。温室
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