はこの街が好きであった。しかし私はこの大津の街にもしばらくよりいられなかった。再び私は母と姉と三人で母の里の柘植《つげ》へ移らねばならなかった。父が遠方の異国の京城《けいじょう》へ行くことになったからである。小学の一年で三度も学校を変えさせられた私は、今度はもとの伯母の家からではなく、祖父の大きな肩の見えた家から学校へ通った。
私はこの家で農家の生活というものを初めて知ったのだった。それは私の家の生活とは何ごとも違っていた。どちらを向いても、高い山山ばかりに囲まれた盆地の山ひだの間から、蛙の声の立ちまよっている村里で、石油の釣りランプがどこの家の中にも一つずつ下っていた。牛がまた人と一つの家の中に棲んでいた。
私がランプの下の生活をしたのは、このときから三年の間である。私はこの間に、まだ見たこともない大きな石臼《いしうす》の廻《まわ》るあいだから、豆が黄色な粉になって噴きこぼれて来るのや、透明な虫が、真白な瓢形《ひさごがた》の繭《まゆ》をいっぱい藁《わら》の枝に産み作ることや、夜になると牛に穿《は》かす草履《ぞうり》をせっせと人人が編むことなどを知った。また、藪《やぶ》の中の黄楊《
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