洋灯
横光利一
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)滴り落ちる雫《しず》く
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このごろ停電する夜の暗さをかこっている私に知人がランプを持って来てくれた。高さ一尺あまりの小さな置きランプである。私はそれを手にとって眺めていると、冷え凍っている私の胸の底から、ほとほとと音立てて燃えてくるものがあった。久しくそれは聞いたこともなかったものだというよりも、もう二度とそんな気持を覚えそうもない、夕ごころに似た優しい情感で、温まっては滴り落ちる雫《しず》くのような音である。初めて私がランプを見たのは、六つの時、雪の降る夜、紫色の縮緬《ちりめん》のお高祖頭巾《こそずきん》を冠《かぶ》った母につれられて、東京から伊賀の山中の柘植《つげ》という田舎町へ帰ったときであった。そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺《あぶらつぼ》を置いたランプが数台部屋の隅に並べてあった。その下で、紫や紅の縮緬の袱紗《ふくさ》を帯から三角形に垂らした娘たちが、敷居や畳の条目《すじめ》を見詰めながら、濃茶《こいちゃ》の泡の耀《かがや》いている大きな鉢を私の前に運んで来てくれた。
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