ついてゐなかつたので三人は光つた広い板間の控へに坐つて次のを待つた。
子は父が莨を口に銜へたのを見ると自分のマツチでそれに火を点けた。が、父に媚びてゐる自分の気待を両親に見ぬかれてゐるやうな気がしたので、父の莨入から自分も一本ぬきとつてすつた。
周囲に群衆がつまつてゐるためか三人は黙つてゐた。間もなく踊のきり[#「きり」に傍点]がついた。群衆は控へから桟敷の方へ動いて行つた。
三人が土間の中程へ場をとつた時、母は父と子の間へ二人より少し退き加減に坐つた。
幕が上ると同時に左手の雛壇から鼓の音がして、両側の花路から背の順に並んだ踊子の群が駆けるやうに足波揃へて進んで来た。夫々手に花開いた桜の枝を持つてゐる。最初には踊子らの顔が、どれも同じやうに綺麗に見えた。
母は不意に子の肩を叩くと後を向いて囁いた。
「光、それそれ、あの西洋人の顔をお見いな、面白さうな顔をしてゐる。」
子は舞台の反対の桟敷に居る二三の外国人の顔を見た。が、別に彼等の顔から母の云ふ程な表情を感じなかつた。で、又急いで踊子達の顔に見入らうとした時、ふと自分の眼を後へ向けささうと努める母の気持ちを意識した。
「な
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