い子。」
 母は薄笑をし乍ら押入から子の着物と帯とを出した。子は東山の輪郭に沿うて幾度も自分の顋を動かしてゐた。
「早やう。」と母は云つた。
 子は母の出して呉れた着物を一寸見て又眼を東山に向けた。母はそのまま立つて子の顔を見てゐたが「可笑しい子やないか、」と呟くと下へ降りて行つた。
 子はソツと着物を弄つてみた。が、下へ降りた時母の手前を考へて呼ばれる迄着返ずにゐてやらうと思つた。すると直下から母が呼んだ。子は強ひて落ちつくために返事をせずに又敷居へ腰を据ゑた。下から声がする。
「お父さんが待つてゐやはるのえ。」
 子は父を思ふとそのまゝの容子《なり》で下へ降りた。
「まだ着返てやないの、」と母は顔を顰めた。
「これでいいよ。」
「ああそれで好えとも。」さう云つて父は煙草入に敷島を詰めた。
 子は父の前では拗ねる気がしなかつた。三人は外へ出た。
 母が空を見上げて「降るに定つてるのに、」と云ふと、父は、
「何アに。」と云つて停留所の方へ歩いた。
 祇園へ着いた時にはもう真暗であつた。歌舞練場と書かれた門の中へ父は這入つていつた。そこに踊がある。二人はその後に従いた。踊のひときりがまだ
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