父
横光利一
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)そのまゝの容子《なり》で
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)踊のきり[#「きり」に傍点]がついた。
−−
雨が降りさうである。庭の桜の花が少し凋れて見えた。父は夕飯を済ませると両手を頭の下へ敷いて、仰向に長くなつて空を見てゐた。その傍で十九になる子と母とがまだ御飯を食べてゐる。
「踊を見に行かうか三人で。」と出しぬけに父は云つた。
「踊つて何処にありますの。」と母は訊き返した。
「都踊さ、入場券を貰ふて来てあるのやが、今夜で終ひやつたな。」
母は黙つてゐた。
「これから行かうか、お前等見たことがなからうが。」
「私らそんなもの見たうない、それだけ早やう寝る方がええわ。」
「光、お前行かんか。」
父は子の顔を見た。子は父の笑顔からある底意を感じたので、直ぐ眼を外らすと、
「どうでも宜しい。」と答へた。
併し子はまだ遊興を知らなかつたし都踊も見たことがないので綺麗な祇園の芸妓が踊るのだと思ふと、実は行きたかつたのだが、父や母と一緒に見に行つてからの窮屈さが眼についた。
「行く
次へ
全8ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
横光 利一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング