なら早い方がええし。」と又父は云つた。
「行きたうないわな、光。」と母は横から口を入れた。
子は真面目な顔をして、「うむ」と低く答へると母の方へ茶碗を差し出した。が、もう食べるのでなかつたのに、と気が付いたが又思ひ切つて箸をとつた。
「光ひとりで行つて来い。」と父は言つた。すると、
「あんた一人でお行きなはれ。」と直ぐ母は父に言つた。
父は又笑顔を空に向けた。それぎり三人は黙つて了つた。
子は御飯を済ますと縁側へ出て、両手を首の後で組んで庭の敷石の上をぼんやり見詰めてゐた。両足がしつかりと身体を支へて呉れてゐないやうに思はれた。
鶏小舎の縄を巻きつけた丸梯子の中程を、雌鶏が一羽静に昇つてゆく。そのとき石敷の上に二つ三つ斑点が急に浮かんだ。雨だなと子は思つた。母は元気の良い声で
「そうら降つて来た」と云つて笑つた。
父も笑つた。そして
「なアに止むさ。光ひとりで行つて来んか、あんな札を遊ばしておいても仕様がないし。」
子は父のさう言ふ言葉の底意に懐しさを感じて来た。
「光らあんな所へ行き度うはないわなア光?」と、母は云つた。
子はそれに答へずに直ぐ二階へ昇らうとして父の前を
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