端に、中継の柱のところで、急にごとりと車体が一度ずり下った。一同は息の根をとめて互に顔を見合したが、中継の柱が行きすぎた車の後方に見えると、初めて納得したらしくまた急に声を上げて、あれだあれだと云って笑い出した。しかし、そのときにはもう新しく前方から来た車は、皆のびっくりしている顔の前を行き過ぎていたので、双方の車は安心のあとの陽気な気持ちで、互に手拭《てぬぐい》を振り合って一層前よりはしゃいだ。
 車を降りて初めて地を踏んだとき、清は大きな声で、
「恐《こわ》かったね、さっき、ごとりっていうんだもの。僕、落っこちたかと思った」と千枝子に云った。
 すると、車を降りてからもうずっと前方を歩いている人人まで、振り返ってまたどっと笑い出した。
 頂上の根本中堂《こんぽんちゅうどう》まではまだ十八町もあるというので、駕籠《かご》をどうかと定雄は思ったが、千枝子は歩きたいと云った。駕籠かきはしきりに雪解の道の悪さを説明しながら三人の後を追って来てやめなかった。しかし、定雄も千枝子も相手にせず歩いて行くと、なるほど雪は草履を埋めるほどの深さでどこまでも延びていた。
「どうだ、乗るか」とまた定雄は
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