ら彼は子供を姉に預け、千枝子と二人で大阪と奈良へ行った。それをすますと見残した京都の名所を廻って、最後に比叡山越しに大津に出てみようと定雄は思った。大津は彼が最初に学校へ行った土地でもあり、殊《こと》に六年を卒業するときに植えた小さな自分の桜が二十年の間に、どれほど大きくなっているか見たかった。
比叡登りの日には、毎日歩き廻ったため定雄も千枝子も相当に疲れていたが、次男を姉の家に残して清をつれ、ケーブルで山に登った。定雄は比叡山へは小学校のときに大津から二度登った記憶があるが、京都からは初めてであった。千枝子はケーブルが動き出すと、気持ちが悪いと云って顔を少しも上げなかった。しかし、登るにつれて霞《かすみ》の中に沈んでいく京の街の瓦《かわら》は美しいと定雄は思った。
「見なさい。飛行機に乗ると丁度こんなだ」と定雄は清の肩を掴《つか》まえて云った。
終点で降りてから頂上へ出る道が二つに別れていたので、定雄は先きに立って広場の中を突きぬけて行くと、道は林の中へ這入《はい》ってしまってだんだんと下りになった。
「こりゃおかしい。間違ったぞ」
定雄は道を訊《き》き正そうにも通行人がいない
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