した池辺の林のところどころに、木蓮《もくれん》らしい白い花が夢のように浮き上っていて、その下の水際《みずぎわ》から一羽の鷺《さぎ》が今しも飛び立とうとしているところであるが、朧《おぼ》ろな花や林にひきかえてその鷺一匹の生動の気力は、驚くばかりに俊慧《しゅんけい》な感じがした。定雄はこれは宗達《そうたつ》ではないかと思ってしばらく眼を放さずにいると、いつの間にか茶が出ていた。子供らは砂糖のついた煎餅《せんべい》を音無《おとな》しく食べていたが、定雄の末の二つになる子だけは、細く割りちらけて散乱している菓子の破片の中で、泳ぐように腹這《はらば》いになり、顔から両手にかけて菓子のかけらだらけにしたまま、定雄の見ている屏風を足でぴんぴん勢い良く蹴《け》りつけた。
「こりゃこりゃ」
 定雄は次男の足の届かぬように屏風を遠のけると、また倦《あ》かず眺めていた。しかし、火鉢《ひばち》に火のあるのに、ひどくそこは寒かった。これではまた皆|風邪《かぜ》にやられるどころか、定雄自身もう続けさまに嚔《くさめ》が出て来た。そのうちにようやく経の用意も出来たので本堂へ案内されたが、来てみると、ここは一層寒いうえ
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