一人で来ていながら、まだ彼は一度も墓参をしなかったのである。
 先きに行った子供らは定雄らがまだ石段を登り切らないうちに、もう上の境内を追っかけ合いをして来た足で、また石段を降りて来ると、今度は母親たちの裾《すそ》の周囲をきゃっきゃっと声を立てて追っ馳け合った。
「静になさい静に、また咳《せき》が出ますよ」と姉は敏子を叱《しか》った。
 しかし、子供たちは初めて会った従姉弟《いとこ》同士なので、親たちの声を耳にも入れずまたすぐ階段を馳け上っていった。
 一同|揃《そろ》って上に登り、納骨堂へ参拝して、それからいよいよ本堂で経を上げて貰《もら》わねばならぬのであるが、誦経《ずきょう》の支度のできるまで六人は庭向の部屋に入れられた。そこは日の目のさしたこともなかろうと思われるような、陰気な冷い部屋、畳は板のように緊《しま》って固く、天井は高かった。しかし、周囲の厚い金泥の襖《ふすま》は永徳《えいとく》風の絢爛《けんらん》な花鳥で息苦しさを感じるほどであった。定雄は部屋の一隅に二枚に畳んで立ててある古い屏風《びょうぶ》の絵が眼につくと、もう子供たちのことも忘れて眺《なが》め入った。葉の落ち尽
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